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私の経緯

「WOMB(ウーム)って、
どうして始めたの?」

​本音と事実を、全部書きます。

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木村 遥

​WOMB LAB代表・看護師

​看護師になった理由

​家族や大切な人の病気を、1番早く見つけて救いたい。

その思いで、15歳から美唄の専門学校へ。

​20歳で看護師になりました。

東京の大学病院へ

日本の最先端の救命救急を学びたくて、東京の日本医科大学付属病院へ。

​約10年間、産科とオペ室で働きました。

産科で見たもの

命がけで産む、ひとりひとり違うお産。

赤ちゃんの初期蘇生も担当しました。

​初めての産声が部屋に響いて、全身がほっとする瞬間を今でも覚えています。

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オペ室で見たもの

人の体の中を知り尽くすために、手術室へ。

そこで生まれた気持ちは、「病気になる前に、もっとできることはないのか」

​

​結婚を機に退職し、予防医療に興味を持ちました。

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自分が母になって

産科で産後ケアをしていたのに、産後2か月がピークでした。

大変じゃないけど、大変。

笑っているのに、心の奥は笑っていない。

深く呼吸ができない。

​外を歩くと、下ばかり見ていました。

産後半年、パーソナルトレーナーとして働き始め、少し心が軽くなりました。

​

旦那が「自分の時間を作ってきな」と背中を押してくれて、ひとりでランチへ。

​

食べたいものを選び、ワインを飲んで、自分のペースで食べました。

​

​涙が出そうな充実感を、今も忘れません。

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気づいたこと

子どもが嫌いなわけじゃない。大好き。

 

それでも、ひとりの自分に戻った時、素直に笑えました。

心の緊張がふっとほどける、その一瞬。

 

​それが母親には必要だと思っています。​​​

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だから、WOMB

母親は、命が宿ったあの瞬間から突然、母になります。

​

そんな母親を支える仕事がしたくて、

看護師やめて、経営を始めました。

​

母親が我慢をだして、自分を犠牲にしない。

それが当たり前の社会にするための第一歩が

WOMB MOTHER SALONです。

​

​​だから、託児は無料です。

 

知り合いの方が、この文章を読んで作ってくれました。

​見たとき、涙がでて、胸がぎゅっとなりました。

 

この思いを、映像にしてもらいました。

知り合いの方が、この文章を読んで作ってくれました。

​見たとき、涙がでて、胸がぎゅっとなりました。

 

「私もそうだった」と少しでも思ったら、​

 

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